信じると云ふ事

偶には居合の話でも。

最近、ちょっと思う所が。

「教本にはこうかいてあるが、それは違う! こうやるんだ!」
「人体の構造上、こうなるのが自然だから、丹田が正対しなくても良いんだ!」

などと指導する方がいらっしゃるんですよね。
ちょっとそれはどうなのか。
そして、それを簡単に『信じて』良いものなのだろうか、と。


確かに教本には、細かい所作の記載はありませんが、審査の基盤となるもの。
何故その基盤となるものを否定した指導をしてしまうのか。
基盤が頻繁にブレたら何が正しいのか判らなくなりますね。

全く稽古した事の無い人が抜刀した際に丹田が正対しないのは仕方ない。
しかし、それを自然と正対する様にするのが「日々の稽古」なのではないか。
稽古って、何の為にするんでしょうね。

などなど、私には不思議で仕方ありません。
酷いと仮想敵の立ち位置まで勝手に改変してるんですから。


そんな教え方をする人にも問題はありますが、
受け手にも問題があるんじゃないかと思うんです。


何を信じるべきか、自分の頭で考えて判断する事が必要だと思うんです。
盲目的に「言われたから」「高段者だから」「あの人が~だから」と信じない。
自分の眼で見て、ちゃんと考えて、その上で正しいと判断してから『信じる』
そして決めた事には、ちゃんと責任を持つ。人のせいにしない事。

これは居合に限った話じゃなくて、日常でも同じ。
『信じる』って、そういう事だと思います。

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